第102回全国高校野球選手権大会の中止。

致し方ない。という大人たち。

世の中を見て感じて、それも致し方ないと頭では

理解できても心で理解は難しいであろう子若者たち。

当事者ではない自分としては思うところは多々あれど

責任という立場があったとしても自分の意見は変わらない。

そう確信があるから自分で自由に責任持って開設し書き込みしている

このブログに思いを書こうと思う。

する資格はないから。

 

まず、自分なりの答えは、開催するよう全力の努力をするべき。

大人が責任を真っ先に考えた答えは全力で毎日毎日汗水と涙を垂らして

一生懸命頑張ってきた人たちから大切なものを

奪うことはやってはダメだと思う。

若者が一生懸命人生捧げて人生懸けて取り組んできたことを

簡単ではないにしろ卓上の決議で、しかも、予選や決勝、学校など

様々な事項が関係するにしろ、今、このタイミングでないと

いけないのかなと感じる。

若者は日々、できないことを一生懸命の努力で不可能を可能に

できないとしてもできるよう努力し、その努力により人間形成をしてきた。

そんな人たちに対し、目をしっかり見つめ説得できるだけの努力を

決定権を持つ大人がしているのだろうか。

そこが見えないから、感じれないから、

決定権や議論にも参加できない人々が

ネットワークを使い発信しているんだと思う。

決定権のある大人たちが全力で誰かのために全力で立ち向かう姿を

みたり感じれたなら、結果、開催できなかったとしても

それは若者は見ているし感じてくれるし、それこそ未来に繋がるのではないか。

と僕は思う。なんで思うか、単純明快、僕だったらそうだから。

でも、現状や大人の都合、誰が責任を取るとらない、万が一のことが、、、

そのことが先にきての今の決断であれば、

それこそ、これも経験に未来に活かして欲しいと

本当に心から思い誠心誠意の発言なんだろうか。

と感じる。

集団感染、そこからの感染拡大。ここが一番防ぎたい。
それは親御さん、身内だけでなく、日本、いや世界全体が思っているところ。
集団移動、集団宿泊、これは、現在の経済を考えれば、
しっかり話し合い理解をもらえれば解決するのではないだろうか。

移動はとなれば、今、新幹線は乗車率、どうなんですか。
こんな状況下でもJRは協力してもらえないだろうか。
宿泊はとなれば、今、ホテル業界はどうなんですか。
フェスも様々なイベントもことごとく開催中止で
ホテル業界も壊滅的な状況。
そんなホテル業界は協力してもらえないだろうか。
食事面だけでなく、清掃面、その他様々なことがある。
そこに仕事は生まれないんだろうか。

だから、街に、企業に、人に、協力してもらう。
もちろん、無料は難しい。しんどいのは若者だけではないことは確か。
ただ、誰かのために。その気持ちって今すごく必要とする
モチベーションというか、しんどい時に前向ける原動力だと思うんですよね。
世の中は、過去に例のないぐらいの状況。
いつも通り。普段通り。日常。
そんな言葉はどこにもない。
だったら、新しいことをやるしかない。
これまでより、とかでなく抜本的改革から。
と話し合うことをしなければならいない。
だから時間はかかる。でも考えて行動しないことには未来はない。
だからこそ、決断が今!?という疑問は残る。

1校に人い1人の感覚開けて車両貸切、
1校に1宿泊施設に、1人に一部屋。
親御さんや親族、そして関係者は、
感染エチケットを徹底教育と指導をしながら管理する。

観戦チケットは、料金を取る。
その売上は、必要経費、未来への若者のための蓄えを除いて
世に還元するだとか。
プロ野球の世界に入っている人たちは
高校野球という活動の場で情熱を注ぎ人生を懸け
己を磨いて輝いて、自分が目標にしていた舞台に立っている。
その人たちはこんな時、協力してくれないんだろうか。
自分たちから出来る限りのアクションをおこすのではないでしょうか。

簡単な話ではないのは重々わかっている。
お金も手間もかかる。
そして、沢山の人を巻き込むことになる。
親御さん、親族だけでなく、関係者だけでなく、
世の中を巻き込むことにはなる。

他にも色々な問題はある。

なんで高校野球だけ!?
他のスポーツは!?
スポーツだけじゃない他の若者たちは!?

そうなりますよね。
そこも検討や決定なんてもう一度再考して答え出します。
覆します。
それではダメなんだろうか。

文武両道。
そりゃ、理想であり、その理想を追求することこそ大事かもしれない。
でも人間でそんなに器用でない。
全てに同じように熱量を使うことは難しい。
僕はとても下手くそ。
だから、常に苦悩、苦闘している。そして、諦めることはしていない。
できることも伸ばす。できないこともできないじゃなくやる。

大人になってもそうなんだから、若者でできる人って相当優秀。
僕は尊敬する。

3年間、全力で人生懸けて取り組んできた大事な思い入れあること。
開催が遅れて、数ヶ月、学業に影響がでる。
そこは何かに全力で立ち向かって努力してきた人なら
リカバーできるんじゃないかと思う。
自分のやりたいことを周りが全力で協力してくれ不可能が可能になったんだから
アナタも全力で取り組んで巻き返しなさい。
1つ1つの目的、目標を若者と一緒になって大人が導くこと。
これって人と人が繋がる上でとても大切なことなのかなと思う。

そうしてもらった若者は、社会に出て、頑張らないって人いるだろうか。
自分も人のために。って思わない人いるだろうか。

他にも様々な問題がある。そこも理解している。
なんどもいうが課題クリアが簡単でないことは明確なのもわかっている。

そこも理解した上で、ぜひ、ひたむきに頑張る若者のために
決断できる権利を持った人、関係者が
まずは、自分はやっているではなく、若者たちが感じるだけの
ひたむきな姿勢を見せてもらいたい。

結果はどうであれ、そこにこそ未来を紡いでいけるキッカケになると思う。

こんなことを書くなら、お前はどうなんだとなるでしょう。
そうですね、確かに。
社会的立場として、1人の人間として
大きなことができるか。
それは難しいかもしれません。
でも、今をより良くするための努力は全力でやっている。
周りは感じてくれていると思います。
それでもまだまだ足りないと感じてもいます。
足りないこと、できなかったことを1つ1つ全力に努力することだけは
妥協したくないし一生懸けて取り組んでいきたいという強い気持ちはあります。

だから、僕は僕でできることを全力でやります。

僕が言いたかったのは、卓上で決断する人たちが
全力でひたむきに人生懸けて取り組む人に
決断するために全力だったなんだぁと感じてもらえれば
それでいいと思います。
当事者たちがその関係性であれば、周りがとやかくいうことではない。
それが僕の考えです。

さぁ僕もやれること、やらなきゃいけないことに
全力で立ち向かいます。

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